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常識 2

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ある場所に、広大な野原がありました。
人間の背丈よりも高い草が一面に生い茂った大きな野原です。
そこにある人がやってきました。
その人の目的は、野原の中にある小屋に行くことです。
しかし、小屋の詳しい位置は全く分かりません。
分かっているのは「この野原の中のどこかにある」ということだけ。
周りは、自分の背丈よりも遥かに高い草が生い茂っているため、
闇雲に歩き回って探し出すしか方法はありません。
グルグル歩き回りました。グルグルグルグル歩き回りました。
歩き回った結果、その人はようやく目的の小屋に辿り着くことができました。
それから少しして、また別の人が野原の中の小屋を目指してやってきました。
その人も、小屋の正確な場所は分かりませんでしたが、
そこに足跡を見つけることができました。
「この足跡を辿れば、小屋に行きつくことができるかもしれない。」
そう考え、足跡を忠実に辿り、グルグル回りながら、
最終的に小屋に辿り着くことができました。
足跡は前よりも深く濃く刻まれました。
また別の人がやってきます。ハッキリと刻まれた足跡を見て、
「なるほど、この足跡を辿ればいいんだな。」
と、疑うこともなくその足跡を辿ります。
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そうやって、たくさんの人が辿った足跡は、
深く濃いものとなり、やがて道になります。
この道のことを「常識」と言うのです。
多くの人が「歩んだ道」の方が安全・安心・確実で
正解だと思っているから「常識」という「道」を歩こうとします。
多くの人が歩いていればいるほど
その道は「常識」として一般的になり市民権を得ます。
足跡すらないルートを行くなど、自殺行為だと言われてしまいます。
モラルや一般常識だからといって、それがイコール正しいものか?
最短のルートなのかというと、決してそうとは限りません。
私たちはこの事実に気付かなければいけません。
最初に道を示したものがいて
それを皆が真似をした・・・それに皆が続いた・・・
ただそれだけのことです。
世の中の「常識」なんて、結局はそんなものだと思うんです。
世間の常識やルールと言うものは最低限理解している必要はあります。
必要ではあるのですが
大事なのはそれを客観的に見ることができるかどうかです。
「なるほど、これが世間の常識なのか」と。
それを踏まえた上で
敢えて99%の人が歩もうとする道(常識)の逆を
「いいことか?悪いことか?」で判断して
「いばらの道」を行くこともあってもいいと思っています。
なにが正しいとか正しくないとか・・・そんなことは誰にも分かりません。
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