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7月を迎えて

「手間」は時間や労力をかけること
わざわざ見に行ってくださったのですか。お手間をおかけしました。
→「見に行く」は単純な活動なので「手間」
「手数」は作業の数が多いこと
何度も書き間違えて、お手数をおかけして申し訳ありません。
→書き間違えたことで、相手の仕事を増やしたので「手数」

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子貢が漢水の北を旅していた時、一人の老人が畑で仕事をしているのを見かけた。
老人は灌漑用の水路を掘っていた。
老人は井戸に降りて、桶いっぱいの水をかかえるようにして来て、その水路にあけているのであった。
その労苦が大変なものであったのに比べて、その成果は実に惨めなものであるように見えた。

子貢が言った。

「一日に100の水路に水を引くことができて、しかも労苦はわずかで済む方法がある。
その方法を聞きたくないか。」
すると、その百姓は立ち上がり、子貢を見て言った。
「で、それはどんな方法ですか」
子貢は答えた。
「前を軽くし、後を重くした木の梃子を使うのだ。
そうすれば、水が自然に吹き出すように早く汲み上げることができる。
これはつるべ井戸と呼ばれるものだ。」

すると、老人の顔に怒りの色が浮かび、老人はいった。
「機械を使う者は自分の仕事を機械のようにやる。そう師が言うのを聴いたことがある。
自分の仕事を機械のようにやる者は心が機械のようになる。胸に機械の心を持つ者は純真を失う。
純真を失った者は魂の奮闘に自信がなくなる。
魂の奮闘に自信がなくなるということは誠実の感覚に合わないことだ。
わたしがつるべのようなものを知らないのではない。それを使うことを恥としているのだ。」
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手数をかけないのでなく手間をかけない合理化への抵抗「非効率重視」という感覚です。
手間をかける事自体には価値があるのです。

「和服は着るのが大変だから改良せよ」という人がいます。
それは簡単なことなんですが
手間をかけて着たからこそそれが本人の動作に作用ししとやかさとなるのです。
それが「日本人の大事なコト」の原点です。

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